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西郷輝彦の嫁・明子との馴れ初めは?元嫁は辺見マリで子供は5人!

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2022年2月22日前立腺がんのため、75歳でお亡くなりになられた西郷輝彦さん。

西郷輝彦さんは、17歳で「君だけを」で歌手デビューし、「十七歳の子の胸に」「星のフラメンコ」など歌手として成功を納め、歌手として、橋幸夫・舟木一夫と共に「御三家」と呼ばれました。

その後、俳優としても活躍をされ、時代劇や大河ドラマにも多くの作品に出演し、みなさんの記憶に残っているものも多いと思います。

さて、西郷輝彦さんはプライベートでは2回の結婚歴があります。

・1回目は1972年女優・辺見マリさんと結婚→1981年に離婚。

・2回目は1990年、自身の事務所に勤務していた19歳年下の女性と再婚。

西郷輝彦さんのお嫁さんの名前は明子で、明子さんとの間に3人のお子さんがいます。

今回は西郷輝彦さんと嫁・明子さんとの馴れ初めや

元嫁・辺見マリさんとの離婚原因、

西郷輝彦さんのお子さんについてまとめました。

 

ではいってみましょう。

西郷輝彦の嫁・明子との馴れ初めは?

明子さんは静岡で父親が後援していた国会議員のウグイス嬢をしており、

西郷輝彦さんが静岡での国会議員の応援演説に行ったときに出会いました。

西郷輝彦さんはすぐに明子さんのことが好印象で気になり、

その後、明子さんを東京の自分の事務所で働いてもらうように声をかけ、上京させることに成功!

気になった女性を、自分の近くに呼び寄せて見守るとはなんと行動力のある西郷輝彦さんですよね。

そして、明子さんは実家からお見合いをするように、と話がきており、

「静岡に帰ってお見合いをするので事務所を辞めたい」

と伝え、その時点では西郷輝彦さんは「分かりました」と承諾しました。

「社長と従業員という関係」と自分が「離婚経験者」ということから、

明子さんへの好意を伝えることができていなかった西郷輝彦さんは、

今を逃したら後悔する!と自分の気持ちが固まったら、そこからの行動が早い!!!

 

その翌日、西郷輝彦さんは、明子さんの実家・熱海まで車を飛ばし、結婚を申し込んだそうです!

この時(1990年)、西郷輝彦さんは44歳19歳年下明子さんは25歳で再婚となりました。

その時、明子さんは西郷輝彦さんの好意に気付いていたのでしょうか?

 

きっとお見合い話を出した時、

自分からアピールするのは難しかったのかもしれない西郷さんから引き留めてもらいたかったのでは?と同じ女性の立場からみるとそう感じました!

西郷輝彦の元嫁は辺見マリ!

西郷輝彦さんは明子さんと再婚する前に、1972年に女優・辺見マリさんと電撃結婚!

西郷輝彦さんは25歳、辺見マリさんは22歳の時。

出会いは1969年のクリスマスイブ。

作曲家・歌手の平尾昌晃さんの紹介でした。

西郷さんから、

「次のクリスマスイブに会えたらいいね」

と言われた辺見マリさんは、連絡がこないかと待ちに待っていました。

本当にこのセリフを言ったのなら、

めっちゃくさいセリフですね~時代、ですかね。

そんな時に、辺見マリさんはコシノジュンコさんのパーティーに誘われ、そのパーティーに西郷さんが参加すると聞いていたにも関わらず、西郷さんは欠席。

どうしても会いたい辺見マリさんは西郷さんの電話番号を教えてもらい、その場でパーティにきてもらうという大胆な行動をします。

その後、交際~結婚となりました。

辺見マリさんはあまり芸能界に執着がなく、結婚と同時にひっそりと芸能界を引退しています。

なぜ離婚してしまったのか?

性格の不一致

それは「性格の不一致」と言われています。

「性格の不一致」と言っても色々ありますよね。

西郷さんは、当時、歌手、現代劇、時代劇で多忙を極め、自宅に帰るのは週に一度という生活だったそうです。

どんなに忙しくてもたまには一緒に過ごしたい、そんなささやかな辺見マリさんの思いも西郷輝彦さんは負担に感じていたのか、西郷輝彦さんは家に帰ってこなくなります。

気持ちも生活もすれ違い、ですね。

どこにいるかわからない西郷さんを人づてに探し、話し合ったものの、また家に帰ってこなくなり、最後には顔を合わせることなく、結婚から10年目の1981年に弁護士を立てて、離婚が成立となりました。

お互いの両親との確執

また離婚原因のひとつに西郷輝彦さんと辺見マリさんのご両親との関係もあると言われています。

結婚すること自体を反対していた西郷輝彦さんのご両親

結婚してから同居をしていた辺見マリさんのご両親の、

家に帰ってこない西郷輝彦さんに対する印象は決して良い印象ではなかったと思います。

辺見マリは芸能界に復帰したかった?

結婚当時は芸能界に未練がなさそうで、家のことに専念した辺見マリさん。

家に帰ってこない夫のことや育児だけの生活から、芸能界に復帰したいという思いがあったのかもしれません。

当時は結婚したら、女が家に入って、仕事を辞めるのが当たり前の時代。

妻が、母親が、芸能界に復帰するということを西郷輝彦さんは許せなかったのかもしれません。

ただ単純に、離婚するにあたって、子供達を育てていかなければいけない、収入がないと生活できない、という状況が芸能界復帰に至った経緯かもしれませんね。

西郷輝彦さんの子供は5人

西郷輝彦さんは辺見マリさんとの間に2人、明子さんとの間に3人の5人の父親です。

・辺見マリさんとのお子さんは2人

●長男:辺見鑑孝(現在49歳)

若い頃はタレントのマネージメント業務や音楽ユニットで活動していましたが、現在は(株)辺見プロモーションの代表を務め実業家としても活動してしています。

●長女:辺見えみり(現在45歳)

中学の頃、渋谷の美容室で髪を切ってるところ、たまたま居た芸能プロダクション関係者からスカウトされて、芸能界入りしているということで、やはりスターのご両親のDNAを受け継いでいますよね。

 

・明子さんとのお子さんは3人で

●長女:貴恵(きえ)
●次女:朝佑衣(あゆき)
●三女:雅梨乃(まりの)25歳

長女と次女は芸能関係のお仕事はしていませんが、

三女の雅梨乃さんは『今川宇宙』という芸名で、女優・イラストレーター活動をしています。

やっぱり、お子さんは可愛いですね~さすが西郷輝彦さんのお子さんです!

まとめ

西郷輝彦さんは明子さんと静岡で国会議員の選挙応援の時に出会い、その後、自身の所属事務所で働いていていた明子さんにプロポーズ。

西郷輝彦さんの子供は、元嫁・辺見マリさんとの間に2人、明子さんとの間に3人います。

嫁・明子さんは2011に前立腺ガンと診断され全摘出手術、2017年に再発、2021年にはオーストラリアシドニーで最先端治療を受けておりましたが、西郷輝彦さんに最後まで寄り添っていました。

また、西郷輝彦さんの訃報を知った元嫁・辺見マリさんがコメントを寄せたことに少し驚きましたよね。

辺見マリさんがおっしゃったように、まだまだこれからいぶし銀の様に活躍されると思っていました。

ご冥福をお祈り申し上げます。

この記事は「西郷輝彦の嫁・明子との馴れ初めは?元嫁は辺見まりで子供は5人!」と題して西郷輝彦さんの嫁明子さんとの馴れ初めや元嫁・辺見マリさんとの馴れ初め・離婚原因、2人の嫁との間の子供についてまとめました。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

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